2018年1月11日木曜日

歩道橋の排水口からこんにちは


2016年1月10日、流山小学校前歩道橋にて。

たまには更新しようと思う。


2017年は東京散歩革命の枠内で歩道橋観察散策会をおこなった(渋谷で)。歩道橋というのは日本の都市において、交通戦争華やかなりし頃に必要に迫られて作られたものである。海外でもアジアにはそこそこあるようだが、景観を大切にする都市には純粋な横断歩道橋はほとんどないのではないか。


歩道橋の外観は確かに良くない。高さはそこまでではないにしても、どんな色で塗ったところで建物や地面とは存在感が違う。かといって壁材を貼るわけにもいかない(道路に落ちたら危ない)。その一方で歩道橋からの景観は素晴らしい。これがなければ道路の真上には立てない。街の簡易展望台だ。大都市ならば歩道橋から群衆を観察するのもなかなか楽しいものだろう。


私はさらに、歩道橋に生える植物に注目している。人工物から生える植物というのはどこか逞しく、また愛らしい。この写真では排水口からアカカタバミとオランダミミナグサが生えている(ちなみに2017年の春・夏は街の雑草についてかなり学んだ)。歩道橋の植物のブログか何かを作ろうと思っているがまだできていない……。


歩道橋は昭和期にそのほとんどが建設された。当然、昨今では数を減らしつつある。老朽化はもちろん、今時は交通量もさほど多くはない。もしエレベーターが追加でついたのならば当面は維持されるだろうが、そうでない歩道橋は建て替えてまで存続させるかどうか。


そんなわけで、歩道橋というのも今のうちに記録しておきたいもののひとつだ。東京23区内の歩道橋はだいたい700弱と踏んでいる(ペデストリアンデッキを除く)。暇があれば巡ってみたいが、はっきり言って商店街全部歩くよりさらに需要がない取り組みになるのは確かだ……。個人的興味だけで突っ走れる自信も最近はなかったりする。私の人生も後半戦、独り身であり経済的余裕もない中で、いつまでいろいろなことをやれるかはわからないけれど、とりあえず今年もよろしく!




2015年10月5日月曜日

行き止まり暗渠


次回の「東京散歩革命」では、足立区で水路跡・暗渠を歩く。少々足立区の企画が多くなってしまったが、まあ仕方がない。


水路跡・川跡は最近は暗渠と言われることが多いが、私は構造としての暗渠と土地としての水路敷は分けて考えている。というのも、暗渠や道ですらない元水路敷は払い下げられている可能性もある。それを使用実態のある「暗渠」と呼ぶと、公共用地であるかないかに影響し、また誤解を産んでしまうと思うからだ。水路跡=暗渠なのだから公共用地で、だったら踏み込んでも良い、と私有地に入ってしまう事例は増やしたくない。


一方で、写真のように行き止まりであっても公共用地として使われ続ける水路敷も多数ある。こうした空間もまた都市にとっては貴重で、いつ入れなくなるかわからないが、見られるうちに見ておきたい。もっとも、東京では再開発などで地区もろとも消えてしまうこともありうるが。



長いこと「スイロット・アンキョ」というブログもやっていることだし、ネット外で水路跡・川跡について話したいことはたくさんある。しかしその場がほとんどないため、自分の散策会でやることにした。私にとって、話す場や書く場を外部で得ることは難しい(断っているわけではない)。自主的な会であったとしても、やらないよりは良いし、内容には自信があるつもりだ。

次回の散策会では、水路跡の見分け方や見つけ方、土地境界の観察の仕方などを中心に取り扱うので、ぜひご参加いただけたらと思う。

詳細は下記ページでご確認を。
http://shikasukeito.blogspot.jp/2013/02/blog-post.html




2015年8月12日水曜日

地下の特別感



銀座の地下にある早川徳次像。東京地下鉄道の創始者で、地下鉄の父と呼ばれる。

地下というのは不思議な空間で、同じ地点から地点への移動でも、地下だとなんとなく特別な気分がする。地下鉄の隣の駅へ地下道で移動できるのならちょっと得な感じすらある。別に、地上なら階段もなく平面で歩いていけるのに、である。

一方で、地上なら擁壁から水が染み出していたらかなりの発見(一部では湧水とまで言われる)だと思うが、地下だとそうでもない。掘ってるから水が出て当たり前だとは思うが、擁壁だって雨水が浸透して出て行くのは当然ではないか。なんなんだ、地下。

ということで、先日「屋内から出な散歩 東京の地下網で涼む」を開催した。地下やビル内だけで散策が成立するか不安だったが、なかなか楽しんでもらえたと思う。



2015年7月27日月曜日

屋根付きバス停


こういうバス停留所の風景が好きだ。人がいてなかなか写真には撮れないが。

ほどよく人が集まり、そして流れていく。それを見ているのもまた楽しい。特に初めて行く都市でやりたくなる。


2015年7月7日火曜日

震災5日目



2011年3月16日の近江町市場(金沢市)。

3月15日、西武池袋線末端部がちっとも復旧しないため、
私は深夜バスで名古屋の実家にしばらく帰ろうとしていた。
バスも短縮と渋滞で進まない中、苦労して新宿バスターミナルに辿り着いたものの、
バス発車直前に御殿場で地震が発生。
東名・中央道経由のバスはすべて運休となった。

しかしまた朝まで待って動いている電車とバスを乗り継いで家へ帰るのも馬鹿らしく、
翌日の深夜まで待つのもあまりに気が長い話のため、
西行きで唯一動いている関越道経由金沢行きに変更した。

金沢は雹が降ったり止んだりする天気ではあったものの、
私は早朝から昼まで金沢をのんきに観光し、
また内灘まで電車で無意味に往復するなどし、
最終的にJRの特急で名古屋へと向かったのであった。
元から素直に新幹線に乗ればよかったのかもしれないが・・・。

金沢は初めてで、何というか、普通に街が動いている安堵感があった。
別に金沢だからというわけではないだろうけれど。
これ以来まだ北陸には行っていない。